現像所技術者に聞く
―日本タイミング技術史をまとめる試み―
郷田真理子
第2回 旧作映画のタイミング作業
今回は、技術者へ話を聞くきっかけとなった旧作映画のタイミングの具体的なフローを解説したい。
フィルムアーカイブを含むフィルムや映像を扱うところでは、フィルム製作の作品を保存活用する際に、フィルムであれデジタルであれ、何かしら複製する作業をするだろう。技術者たちの話を聞く目的は映画の製作当時の技術的な話を聞くことにあるが、それらの話を旧作復元に活かすためには、実際に作業をする現像所がどんな技術で、どのような情報を元に複製作業を行い、旧作復元に取り組んでいるのかを知る必要がある。今回は解説が主な内容となるが、今後の技術者へのインタビューや技術史を振り返るにあたってのガイドとなれば幸いである。
今回の項目
1.プリントの仕上がりに関わる条件
旧作作業において忘れてはいけないのは、これから世に出る作品の製作過程でのラボ作業ではなく、過去にすでに完成し公開された映像を複製するという点だ。アーカイブ用に旧作のプリントやデジタル化をする際には、「公開当時にできる限り近いもの」を目指すことになる。もちろん旧作の複製作業はアーカイブ用途以外にも、商業用のデジタル化(上映、ソフト販売、配信等)の目的で行われることも多くある。その場合、この「公開当時」という目標が必ずしも当てはまらないことは追記しておきたい。ただ、どんな作業であったとしても、その作品の初公開時のタイミングデータを始めとする技術的な情報や資料が重要な役目を果たすことは変わりない。
しかし前回も書いたとおり、タイミングデータさえあれば公開当時の色が再現できるわけでは決してない。今昔のフィルム特性の違い、機材の種類、経年劣化や褪色など様々な条件を考慮して仕上げなければ、せっかくのデータも役立てることができないのである。
前回脚注で触れた資料であるが、プリントの仕上がりに関わる様々な条件について、新井靖久氏(東洋現像所[現・IMAGICAエンタテインメントメディアサービス])が書いた「フィルム特性とタイミング技術について」『フィルム現像の理論と技術 現像部会編』(社団法人日本映画テレビ技術協会、1978年)を紹介したい。タイミングについて言及された資料はあまり多くないため、大変貴重な資料である。ちなみにこの本は当時の技術者達の自習用の教科書でもあったそうだ。
以下引用する。
ネガ・ポジ方式で品質を左右する要因
ネガ・ポジ方式の仕上げ工程は処理済みネガフィルムを適正焼付ステップでポジフィルムに焼付け、それを現像して製品となる。その製品は顧客が要求する濃度・色調・コントラスト等々を満足させるものでなければならないし、量産する場合は常に均一の仕上がりを維持しなければならない。製品の品質を左右する要因をネガフィルム成分(NEGA)、焼付成分(PRINTER)、ポジフィルム成分(POSI)及びポジ現像成分(D)と分けることができるから、
製品=NEGA×PRINTER×POSI×D
と現わすことができる。各々の成分が常に一定であれば、タイミングも不要となり、均一の製品が保証されるわけだが、なかなかそうはゆかず、各々の成分はそれぞれにバラツキの要因を含んでいる。それを整理してみると
イ. ネガフィルム成分のバラツキ要因
1. EM No. による写真的特性(*筆者注)
2. 撮影時の照明光源の色温度
3. 露出のアンダー又はオーバー
4. 撮影レンズの分光吸収特性
5. ネガ現像のバラツキ
ロ . 焼付成分のバラツキ要因
1. プリンターランプの照度・色温度の変化
2. プリンター光学系のヨゴレ
ハ . ポジフィルムのバラツキ要因
1. ポジフィルムのEM No. による相対感度
2. ポジフィルムのEM No. によるガンマー( γ )特性
ニ . ポジ現像成分のバラツキ要因
1. タイム・温度・機械スピード
2. 薬液
(中略)
一定の品質を維持するためにはすべてのバラツキ要因の一つたりとも見逃すことなくコントロールされていなければならない。ロ、ハ及びニのバラツキについては現像所にはコントロール(管理)部門があって、トータルでコントロールしている。イの部分を担当するのが実はタイミング技術者の役割である。処理済みのネガフィルムには上記のバラツキ要因がすべてミックスされて含まれていると考えるべきであり、タイミング技術者はワンカット、ワンカットについて、そのずれを焼き付けステップの中に換算して加えなければならない。タイミング技術者の役割は勿論ネガフィルムのタイミングであるが、ネガ・ポジ方式のプロセスがどうなっているか特に焼付・ポジ現像のプロセスがどのようにコントロールされているかを理解する必要がある。
以上が引用になる。
旧作のタイミングの場合はここに、
フィルムの経年変化によるバラツキ要因
1.褪色による色バランスの崩れ、変色
2.劣化・損傷による物質的・物理的ダメージ
が追加される。
これらすべてのバラツキ要因を計算して、タイミングデータを使って公開当時のプリントに近づけていく。旧作タイミングはそうした技術と経験が求められる。
*EM.No.: エマルジョン・ナンバー(emulsion number)フィルムメーカーがフィルム製造時に付した乳剤液の番号で、フィルムエッジに記載されている。「一つの乳剤混合液から塗布されたフィルムを現す番号」(コダック株式会社エンタテインメントイメージング事業部『Kodak Student Filmmaker's Handbook & Exploring the Color Image』2005年改訂版、1-145頁)
2.旧作タイミングの作業フロー
図1 旧作の作業フロー
上図は作業工程を表す簡単な図である。なお、これから説明する作業工程については、株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービスにおいて、筆者自身が行っていた旧作タイミング作業と作業フローを参考にしている。基本のフローは変わらないが、現像所によって若干やり方や呼称に違いがあるかもしれないことはご了承いただきたい。
①整理
【フィルムの補修と準備・フィルム調査】
写真1 フィルムの状態を手先と目で確認し、 必要な補修や処置をしていく
作業するフィルムが到着、すべての作業は整理場から始まる。整理場では作業対象のフィルムの状態をチェックし、安全に機械にかけられるよう補修・クリーニングを行う。フィルムの劣化や収縮具合によっては使える機材の種類(プリンターやスキャナーなど)が限られるため、そのジャッジも整理場で行う。同じ作品のフィルムが複数ある場合には、フィルムの種類、状態やバージョンを比較検討して作業に使うフィルムを選定することもある。以上のような作業を「整理」と総称している。
フィルムは原版(撮影ネガ)に近いほど画質がよく、複製を重ねるほど画質は落ちる。素材の選定の際には、画質に加え、欠落がないかどうかも比較検討する。原版から複製を重ねるごとに生まれる、用途の異なるフィルムの段階上の違いを、フィルムアーカイブでは「フィルムのジェネレーション(世代)」と呼ぶ。
主なフィルムのジェネレーション(世代)
図2 フィルムのジェネレーション(フロー図)
上記フロー図における用語解説
●オリジナルネガ(ON:original negative)
撮影ネガを編集し、作成された画ネガ。対応する音ネガとタイトルネガがある場合は併せて原版とも呼ばれる。
●マスターポジ(MP:master positive)
オリジナルネガから複製された、DNを作成するための中間ポジ。保存用にMPだけを複製する場合もある。
●デュープネガ(DN:duplicate negative)
MPから複製されたネガ。保存用に複製されるだけでなく、全国の映画館で上映するプリントを大量に焼き増しするためにも作成された。
●オリジナルリバーサル (original reversal print)
撮影したフィルムがそのまま上映プリントとなるポジ。8ミリ、16ミリなど主に家庭用、アマチュア用に普及している。
●プリント(print)
上映に使われるプリント。他にわざとコントラストを軟調にしてグレーディングの補正の幅を広げて調整しやすくした、テレシネ用やスキャン用に使うローコンプリントと呼ばれるプリントがある。コダック社が販売していた専用のテレプリントが製造中止になった後は、通常のポジフィルムを焼付・現像工程でローコントラストに処理したプリントで代用されている。これらは上映用には使用しない。なお、フロー図には含めていないが、オリジナルリバーサルから複製されるリバーサルプリントもあった。
●インターネガ(IN:intermediate negative)
プリント(ポジ)から複製されたネガ。リバーサルプリント及び、プリントしか現存しない作品などは、現存するプリント自体をオリジナルフィルムとして扱い、保存や複製の際にはINを作成してプリントを複製する。
●CRI(color reversal intermediate)
「オリジナルカラーネガから直接プリントし、反転処理をすることで作られるカラーデュープネガ」(コダック株式会社エンタテインメントイメージング事業部『Kodak Student Filmmaker's Handbook & Exploring the Color Image』2005年改訂版、1-135頁)
●レコーディングネガ
フィルムレコーダーという機材を使い、デジタルデータからフィルムに画を記録し作成したネガ。フィルム撮影でのデジタル合成処理部分のネガ作成に使われたほか、映画館でフィルム上映がまだ主流だった時代に、デジタルで完成させた映画をフィルムで上映するため、レコーディングネガを作り、上映用プリントを作成した。近年はデジタルで完成した作品、またはデジタル上で修復した作品の保存用、上映プリント作成用にレコーディングネガを用いる事が多い。
②タイミング
整理が終わったフィルムは、タイミング部門に回され、ここで検尺をし、FCCと呼ばれるデータを作成する。FCCとはframe count cueの略称で、カットごとの尺とタイミングで決めた色補正値を記録したデータのこと。このデータを使ってプリント(焼付)を行う。過去のデータがある場合は、内容を調査し、タイミングする際に確認をする。
【旧作タイミングで参考にする情報】
先代のタイマーたちが残したもの、それが「タイミングデータ」と呼ばれるカット毎のプリント焼付数値のデータである。映画の公開当時のプリントを目指す、アーカイブ用の旧作タイミングでは、この公開当時プリントを作成したタイミングデータが非常に重要となる。作業を始める前に、タイミングデータや作業履歴の有無を調べる。データがある場合はこれをもとに作業をする。
●現像所に残されているデータ
・タイミングデータ
・焼付作業履歴
劇場公開作品であれば初号を担当した現像所には当時のタイミングデータと焼付作業履歴が保管されている。プリントには1号、2号と複製の数だけ号数が付けられているが(号数はプリントの缶ラベルに表記してあることが多い)、作業履歴には、プリントごとに焼付に使ったプリンター、プリントのフィルムタイプ、現像の特殊処理(銀残し等)、用途(海外用、テレシネ用等)など、当時どのような条件でプリントを作成したか示す重要な情報が記されている。これは公開当時の仕上がりを知る手がかりであるとともに、色見本として使うプリントがいつのデータで焼いたプリントか調べたり、過去のプリントを上映したりする際にも、非常に重要な情報である。
●ネガ原版の缶内に残されているデータ
・タイミングデータ
・作業履歴
・缶表のデータ(初号日、映写サイズなど)
ネガ缶内にもプリント作成時の重要な情報が残されていることがある。特に劇映画以外のタイミングデータや作業履歴は缶内にしか残されていないこともあるため、フィルム所有者は、これらの情報を絶対に捨てず、ネガ原版と一緒に保管する必要がある。
・情報交換テープ
写真2 情報交換テープ。カット尺・RGBなどが記録されている
これはプリンターにタイミングデータを送るために使われているもので、尺のみ記録されたもの、タイミングの各RGBデータが記録されたもの、両方記録されたものがある。この紙テープが入っていた場合は、専用の装置を使ってその情報を読み込み、ネガタイプを調べ、尺の確認を行う。
・タイミングデータ、焼付情報
写真3 手書きのタイミングデータ
カット毎の尺数とタイミングのRGB情報、白黒の焼き度、焼付履歴などの情報が記された用紙。これも初号時のものである可能性が高いため、保管やデータ化する必要がある。
【色見本などの参考資料】
データの他に、該当作品の現存するプリントなどを色見本として参考にすることがある。しかし色見本のプリントが何号プリントとして焼かれたものか、褪色していないか、焼付データは公開時の初号ラボのタイミングデータを使っているか等の注意が必要である。テープやDVDが色見本の場合はさらに警戒が必要といえる。公開当時のタイミングデータにあったねらい(明らかな色の傾向)と思われる部分がテレシネした映像ではすっかりなくなっていたといったことが、結構あるからだ。プリントであっても注意が必要である。例えば、テレシネ用にわざとコントラストを軟調にしたローコンプリント(詳細は前述)。ネガからテレシネするよりも、上映用プリントに近い見た目を得られるだけでなく、ネガにあるスプライス(つなぎ目)がないことで画ユレが少ないという利点があり、好んで使われていた。これは当然上映には使えないが、缶に「ローコン」と書かれていても、こうした用途のプリントがあることを上映側の関係者が認識していなかったために、間違えて映画館に貸し出され、上映されてしまったという事例もある。タイミングデータも同様で、ローコンプリント用のデータを使って作業してしまうと上映用とは違う仕上がりになってしまうことがあるので注意が必要である。
しかしタイミングデータなど他の情報としっかり比較検討して使用すれば、過去のプリントは大変役に立つ参考資料となる。
また、撮影台本も役に立つ。新作であれば現像所の技術者にも台本が共有されるが、旧作だとそこまで用意されていないことのほうが多い。例えば、疑似夜景(昼間撮影した画を焼き込んで暗くすることで夜のシーンとすること)かどうか悩んだシーンが、台本を調べたら「N」(ナイトシーン)との書き込みで判明したこともあった。どんな資料も慎重に検討して判断しなければいけないが、このように資料を調べて過去の作品に近づいていく工程は、歴史の発掘作業のような楽しさもある。
【FCCの作成・検尺】
ネガフィルムを手巻きの巻き返し機にかけ、検尺機にセットする。カットが変わる場所の尺数と使用されているネガのフィルムタイプをすべてFCCシステムに記録していく。これがカット毎にタイミングをするための基本情報になる。上述のタイミングデータが既にある場合は、情報をFCCシステムに移し、尺数とネガのフォルムタイプの確認を行う。
写真4 検尺では、ライトボックスでネガタイプを目視で確認し入力、カット替わりの接合箇所を手前の検尺器に合わせてフットスイッチを押すと、自動でFCCシステムに尺が記録されるようになっている
写真5 FCCシステムの画面。タイミングデータとよばれるもの
ネガタイプとは?
上の写真にあるネガタイプとは、メーカーや感度・用途の異なるネガフィルムの種類を指す通称。カット内容や撮影状況に応じて使い分けられている。「5243」などの数字は、KODAK社の製品別に付されたフィルムタイプナンバーを指す。
例えばフェードイン、フェードアウトやオーバーラップなどの効果をつける場合、現像所でオプチカルプリンターを使って効果を加えたデュープネガ(DN)が作成され、ネガ原版に組み込まれる。ネガフィルムのタイプごとの特性の違いで、プリント上でどのように色が出てくるか異なるため、タイミング作業にとってはプリントの仕上がりを左右する重要な情報である。
【タイミング】
アナライザーという機械にネガフィルムをセットし、カットごとの色や明るさの補正値を決めていく。アナライザーの種類にもよるが、タイミングデータがあれば、データを反映させた画をモニターに表示することができるので、ネガを通しで見て、褪色による色バランスの崩れなどないか確認し、明らかな色ズレがある場合は補正する。タイミングデータがない場合は、初めから1カットずつ補正を行う。なお、タイマーは作業する前にレファレンスのチャートフィルムなどを使ってモニターの色や明るさが正常に表示されているか確認を行う。モニターの見た目が変わってしまうと、仕上がりのバラツキ要因となってしまうため、機材の状態にも常に気をつけている。
写真6 アナライザーでは、ネガ像がポジ像でモニター表示される
このアナライザーには4つの操作ダイヤルがあり、
①赤(R)⇔シアン(C)
②緑(G)⇔マゼンタ(M)
③青(B)⇔イエロー(Y)
④全体の明るさ
を段階的に変えることができ、R・G・Bそれぞれ3つの数字のデータが作られる。データのことを「タイミングステップ」と呼ぶこともある。このデータがプリンターの焼付時に反映され、カット毎に補正されてプリントができる。
【テストプリント(TP)】
アナライザーでの補正・確認が終わると、数カ所テストプリントを焼く。日中外で撮影された(デイオープン)肌の色がわかりやすい画やその映画に特徴的な画、ネガタイプの違う箇所などを選び、抜き焼き(1ロール全てではなく、該当部分一部だけ焼くこと)をする。カメラマンがテストプリントから試写に立ち会い、監修につく場合はテスト箇所の指定があることもある。
ネガタイプ毎にテスト焼きをするには訳がある。例えばデュープネガ(DN)やCRIネガは、オリジナルの撮影ネガと大きくフィルム特性が異なり、同じカットでも撮影ネガと色や明るさをあわせていかなければならないからである。それに加えて褪色すると色バランスの崩れ方もネガタイプで異なってくる。例えば、古い映画を見ていてフェードアウトやオーバーラップする場面の前後で、同じ画なのに突然色バランスやコントラストが変わるという瞬間を感じたことがないだろうか。デジタル工程を介さずにオーバーラップなどの効果を得るためには、撮影したオリジナルネガ(ON)から焼いたマスターポジ(MP)を使い、プリンターでフェードやオーバーラップの効果をつけたDNを作成する。それを同じ画のONにつなぎこむ。ONとDNという違うタイプのネガが、同じ画同士で続いているため、画質が変わるのである。
抜き焼きの他に、プルーフプリンターというプリンターを使ってテストプリントを焼くこともある。プルーフプリンターは全カットのカット頭・中間・カット終の画のコマを焼くことができるプリンターである。焼付に時間はかかるが、フィルムを全尺焼かなくても、少しの尺で全カットを確認できるため、再タイミングや褪色がひどい時などに使用する。
【色・濃度の訂正】
テストプリントを映写し、色や濃度が思い通りに出ているか確認する。訂正はネガタイプごとに一括して訂正する場合と、各カットの繋がりをみて個々の訂正を行う場合とある。
写真7 訂正に使うCCフィルター。このフィルターは、その昔、減色プリンターで使われていたもの
映写をみてどのように訂正するか決めたら、CCフィルター(color compensating filter)と呼ばれるフィルターをプリントに直に当てて目視で訂正を確認する。それぞれRGBCMY6色がタイミング補正値の約1ポイントに対応した濃度になっており、補正値の参考にする。
写真8 テストプリントにフィルターを直接あてて、訂正値を確認する
必要に応じて色の訂正を行い、FCCデータに反映したら、いよいよ本番プリントとなる。
③プリント(焼付)
写真9 密着式プリンター。実際は暗室で作業する
タイミングデータが揃ったら、いよいよ本番プリントだ。この工程におけるプリントとはネガフィルムからまっさらなポジフィルムに画と音を焼き付けることをいう。
プリンターには「密着式プリンター(contact printer)」と「光学式プリンター(optical printer)」の大きく2種類がある。密着式はネガ原版と生フィルムを乳剤面で密着させて光を当てて焼き付ける。高速で焼くことも可能で、かつて映画館用に大量に焼き付けしていた頃もこのプリンターを使うことが多かったそうだ。光学式はレンズを通してポジに焼付を行うもので、画の大きさをレンズで調節して他サイズのフィルムへの縮小・拡大(ブローアップ)を行ったり、複数のネガを合成することができる。光学式はレンズを通すため、密着式に比べてコントラストが硬調になる。
現在使われているプリンターは「加色式プリンター」と呼ばれ、R・G・Bの3色の光を通してプリントを焼き付ける。プリンターにはライトバルブと呼ばれる、R・G・B3色それぞれの光の量を調整する装置がついており、タイミングで決めたカット毎のRGBの補正の数値が、プリンターのRGBの光の量と対応している。ライトバルブ内には3色の光が通るゲートがそれぞれあり、タイミングデータと連動して、ゲートの開く幅がカット毎に変わり、光の量を調節する。それにより焼付の色や明るさが変わり、カット毎に色補正がなされたプリントが仕上がるという仕組みだ。
写真10 ライトバルブ
図3 ライトバルブ図解。RGB3色の光それぞれの光量がゲート部分で調整され、フィルムの焼付の光となる
プリンターも、仕上がりのバラツキ要因を孕んでいる。冒頭で引用した「フィルム特性とタイミング技術について」では、焼付成分のバラツキ要因として、「プリンターランプの照度・色温度の変化」「プリンターの光学系のヨゴレ」を挙げていたが、これらに加えて、プリンターの種類によっても仕上がりが異なってくる。プリント担当者は、常に一定の仕上がりが保てるよう毎日同じ標準のテストプリントを焼き付けて濃度測定し、仕上がりに変化がないよう調整している。
④現像
写真11 現像機
プリントが終わると現像だ。現像機は、毎日同じコントロールストリップを現像してフィルムの濃度測定をし、液の分析を行い、一定の仕上がりとなるようコントロールされている。液の組成、温度や現像時間が変わると仕上がりの色など変わってしまうからである。この一定の仕上がりがあるからこそ、タイミングは安心して作業ができる。作品によっては現像で「銀残し」「増感」「減感」などの特殊処理をすることもある。
⑤試写
写真12 試写室。タイマーは訂正などメモをとりながら映写検査をする
仕上がったプリントを映写し、映写検査をする。このときタイマーは色だけではなく、プリント・現像時のトラブルがないかどうかもチェックをする。安定した映写環境を維持するため、映写担当者は明るさなどに変化がないか定期的にチェックし、調整している。ラボの工程での失敗が見られた場合は焼き直しを行い、ネガ(原版)由来のキズや画ユレなどの事象は記録して報告書に記載をする。また、許容範囲を超えている色や明るさのズレを発見した場合はタイミングの失敗として焼き直しをする。
本当は色だけを見ていたいが、チェックすることが沢山あるため、2名以上で映写検査をすることも多い。余談になるが、試写で音声を聞いて初めて、虫の声などで夜のシーンだった!と気づくこともある。タイミングデータや情報がない作品では特に、音声や話の内容もシーンを推測する重要な情報となる。映写検査では色とトラブルチェックだけでなく、画面や音など映像の隅々まで意識しなければならないのだ。
映写検査を無事終えたプリントは、大抵の場合、発注者とタイマーとの立ち会い試写を行う。そこでOKがでたら無事納品という流れになる。
立ち会い試写では監修者としてカメラマンや監督、初号時のタイマーが同席することもあり、その場合はテストプリントや色見本の共有などから作業に加わってもらうことが多い。近年だと、国立映画アーカイブがカメラマンや初号タイマーを監修者に立て、公開当時にできるだけ近い色調を再現し、その記録を残すとともに、現役タイマーの育成にも寄与する「再タイミング版」プリント作成のプロジェクトを行っている。
長くなったが、以上が旧作タイミングの基本的な流れとなる。ちなみに、旧作のデジタル化のフローは、タイミングでの検尺、情報調査以降の工程が、スキャン、デジタル上のグレーディング、レストレーション作業となってくるが、こちらは追ってインタビューとともに説明したいと思う。
次回からは、実際に旧作のタイミング作業・グレーディングに従事している技術者たちのインタビューを紹介していく予定である。
当記事内の写真の無断転載はご遠慮ください。記事内で使用した写真は、株式会社IMAGICAエンターテインメントメディアサービス様にご協力いただきました。この場をお借りして感謝いたします。
郷田真理子(ごうだまりこ)
撮影 中馬聰
1982年生まれ。フィルム技術者。大学卒業後、NPO法人映画保存協会の活動、映像制作会社、8mmフィルム現像所での仕事を経たのち、東京国立近代美術館フィルムセンター相模原分館で5年間フィルム調査に従事、2014年から2022年まで現株式会社IMAGICAエンタテインメントメディアサービスにてタイミング、フィルム調査などを担当した。現在は川崎市市民ミュージアムに勤務。その他活動にプラキシノスコープ等初期映像装置を使ったイベントやワークショップの講師、「ホームムービーの日」上映会(相模原、新世界会場)の世話人等。
主な執筆論文:
「フィルムセンター所蔵の小型映画コレクション 9.5mm フィルム調査の覚書」(『東京国立近代美術館紀要』第17号、東京国立近代美術館、2013年)95-109頁。
(東京国立近代美術館リポジトリ)https://momat.repo.nii.ac.jp/records/52
「台風19号で被災した本宮映画劇場のフィルム救済プロジェクト【前篇】」(『映画テレビ技術』11月号、№819、日本映画テレビ技術協会、2020年)48-51頁。
「台風19号で被災した本宮映画劇場のフィルム救済プロジェクト【後篇】」(『映画テレビ技術』12月号、№820、日本映画テレビ技術協会、2020年)21-25頁。