第2回:実技演習もたくさんの新学期
こんにちは。JAMIA会員の吉田夏生です。
連載第2回目の今回は、2023年9月に始まった第一学年の秋学期について紹介します。
私が所属するFilm and Photography Preservation and Collections Management(以下F+PPCM)では、プログラムの選択科目はなく、必修科目は自動で履修登録されるため、講義開始のすこし前にこのような時間割が届きました。
- 火曜:12-15時:Film Materials and Processes
- 水曜:18-21時:Cataloging and Registration
- 木曜:12-15時:History of Film
- 木曜:18-21時:Early Cinema Preservation
希望すれば他専攻の講義も受けられますが、そうしている人はF+PPCMには誰もいませんでしたね。1コマ3時間と、日本の学生時代の二倍の長さであることに驚きつつも、「それでも全4コマで週3日しか授業がないのなら、アルバイトもできるかな」なんて最初は思ったんです。なにせ物価が大暴れしていますので……。しかし、息をつく暇もない課題に次ぐ課題の嵐。アルバイトをしようなんていかに無謀な考えだったか、すぐに気づかされました。

『オッペンハイマー』70mmIMAXを観に行きました。
講義の内容をひとつずつ見ていきましょう。
【Film Materials and Processes】
映画フィルムの構造や様々な規格、エッジコードやサウンドトラックの種類、カラー技術の仕組み、そして劣化や傷の見極め方など、アーカイブ/保存という観点から、映画フィルムの歴史や基礎を学ぶ講義。文献と講義で知識を身につけるだけでなく、各自でフィルムの検査をしたり、実際に手を動かす時間がたくさんあったのが楽しかったです。
Toronto Metropolitan University(以下TMU)には、フィルムのリワインダー1 が複数設置された部屋(みんなラボと呼んでいたので、以下ラボと呼びます)がキャンパス内にふたつあり、ひとつは映画制作専攻の学生と共有ですが、もうひとつはF+PPCM専用なのでいつでも落ち着いて作業ができます。そこにはF+PPCMが所蔵している16mmフィルムのコレクションが収蔵されていて、検査など、フィルムを扱う課題では基本的にそのコレクションを使って行われました。


フィルムは低温低湿の空間で保存するのが望ましいとされていますが、このラボは空調管理がされていません。冬は−20℃まで達する極寒地帯で、真夏でも日本のように暑くなることはないトロントとはいえ、理想的な保存環境でないことは確か。その認識はプログラム全体で共有されてはいたものの、すぐに変わることはないかな、という印象でした。
さて、この講義では3種類の課題が出されました。
①Critical Response
映像アーカイブ関連のイベントに参加してそのレポートを作成する。レポートは簡単な報告書のようなものでOKだったので、学生が自分でイベントを探して参加すること自体を目的とした課題かなと思いました。
私は、ブロア通りとオジントン通りが交差する、ほんのり文化的な空気の漂うエリアにある古書店で行われた「ホームムービーの日」2 のイベントについてレポートを書きました。こじんまりした店内におよそ30人がギュッと集まり、参加者から持ち寄られた1930〜1960年代にかけて撮られた8mm、Super8mm、16mmのホームムービーが上映されました。1930年代のカラー16mmの状態の良さにはびっくりしました。幼い子どものいる家族の冬のひとときを写したフィルムで、褪色がほとんどなく、真っ白な雪と洋服の鮮やかな赤や緑の美しいコントラストが印象に残っています。自宅の地下室で保管されてたと言っていましたが、やっぱり、寒い地域だと温湿度管理がなくても約90年という長い時間をここまで良い状態で保てるのか、というのは驚きでした。


上映に使われた映写機や、持ち寄られたフィルム。
②Splicing Skills
フィルムを切り貼りする器具「スプライサー」3 を使って、実際にフィルムを接合する課題。フィルムアーカイブでは、上映に際してはフィルムの頭と末尾にリーダー(何も記録されていないフィルム)やカウントリーダー、先付けロゴをつけたりしなくてはならないし、状態のよくないフィルムが検査中に誤って切れてしまった場合など、修復のために使用する場面もあるし、スプライサーは必需品。セメントや超音波タイプのものなどもありますが、この課題では最も手軽なテープ・スプライサーを用いて、5箇所のスプライスを作りました。評価対象はスプライスの技術。16mmフィルムは8mmよりは幅が広いとはいえ、やはり16mmしかありませんから、エッジがずれないように、フィルムが重ならないように、気泡やゴミが入らないように、といった点に気をつけながら、両面にテープを貼り付けていくのはなかなか神経を消耗する作業です。スプライスはフィルムをリワインダーにかけた状態で行いますが、リワインダーを扱うのも初めてだったので、左側のリール(supply reel)にフィルムを取り付け、右側のリール(take-up reel)に巻き取る、という作業そのものに慣れるのにもそれなりに時間がかかりました。
③Film Inspections - Condition Report
F+PPCMのコレクションのフィルム検査シートを作成する課題。フィルムアーカイブでは、検査シートが2種類ある場合が一般的です。ひとつは、収集したフィルムを所蔵品として正式に保存するためのプロセスの一環で作成するもの。もうひとつは、映写するために作成する検査シート。この課題で作るのは前者で、私はNFB(カナダ国立映画庁)製作の短篇ドキュメンタリーと、『フランケンシュタインの花嫁』(ジェームズ・ホエール、1935年)の短縮版を検査しました。

提供:Film and Photography Preservation and Collections Management,
The Creative School, Toronto Metropolitan Unversity.
F+PPCM指定のフォーマットを使って、講義で学んだ検査方法をもとに、ジェネレーション、FPS、画郭、規格、ベースタイプ、フィルムの製造元やエッジコードなどなどを埋めていきました。色や音の情報は、白黒かカラーか、無声かサウンド有かだけではなく、カラープロセスやサウンドタイプ(光学記録式か磁気記録式かデジタルか、さらにその中でのタイプなど)をわかるところまで記入します。あと、講義を通じて初めて知ったのがフィルムの「wind」。巻き取った(wind)フィルムを、乳剤面を表にして見たときに映像の水平方向が正しい向きになればB-wind、逆向きになった場合はA-windとなります。上映用プリント作成やジェネレーションの特定にあたって重要になる情報で、windを確認するためにはどっちが乳剤面かを正しく判別しなくてはなりません。光沢が弱い方が乳剤面なのですが、パッと見でわかるほど明確でもないので、経験が物を言うなと感じました。
こうした基本情報を記入するとともに、フィルムの劣化について「汚れ」「スクラッチ」「損傷」「褪色/酸化」「歪み」「カビ」「脆さ」ごとに5段階で評価します。評価基準の詳細に関するガイドラインは特になかったので、評価が主観的になり、人によって違いが出る懸念はありますね。あとは、シュリンケージ・ゲージを使ってフィルムの縮み(シュリンク)の度合いを、頭・真ん中・末尾と三箇所測り、さらにフィルムの長さを測定する機器(シンクロナイザー)でフレーム単位までフィート数を測ります。正確を期すために、フィート数は3回測るように言われていました。それで同じ数字が出たらOKですが、もし3回測っても数字がバラついた場合は正しいフィート数を把握できるまで計測を繰り返します。

最後に「A-D strips」4 の結果を記入します。A-D stripsとは、アセテートフィルムの酸化の度合いを測るため開発された、リトマス試験紙のような見た目をした小さな青色の紙片。フィルムリールの側面に触れるよう缶に入れて、24時間後、色がどのように変化しているかでビネガー・シンドロームの進行具合を確認します。青→緑→黄色と、状態が悪いほど黄色に近づいていきます。
余談ですが、『フランケンシュタインの花嫁』(短縮版)にはテープでパーフォレーションが補修されている部分がかなりありました。今思うと何でそんな大雑把な書き方をしてしまったのかと恥ずかしいのですが、私は検査シートに「全体の3分の1ほどが(パーフォレーションテープで)補修されている」と書いて、教授から、テープが貼られた位置をフレームまできちんと特定しないとダメだとフィードバックを受けたりしました。本当にその通りです……。
写真:課題で使用した、16㎜フィルム専用のシンクロナイザー
これら3つの課題に加えて、講義で学んだ技術面の知識を問う筆記試験が4回ありました。担当講師はAlmudena Escobar Lópezという女性で、F+PPCMの映画コースではプログラムを通じて一番関わる機会が多かったのですが、とにかくフレンドリーな教授でとても助けられました。
【Cataloging and Registration】
この講義が今学期で唯一、写真コースと合同でした。担当講師は、Archives of OntarioでSpecial Project Managerを務めているDee Psalia。収集、カタロギング、コレクションの管理運用のプロセスについて考え学ぶこの科目は、分野の異なるアーカイブや美術館・博物館がどのように収集におけるミッションやポリシーを定めているかという基本的な概念をめぐるレクチャーから始まり、コレクション管理ツールの発展の歴史、どのような管理ツールがあるか、メタデータとは何か、メタデータ標準(metadata standards)およびアーカイブ標準(archival standards)の分類、収集の種類(寄贈か購入かなど)、所蔵品の処分(deaccessioning)、資料の貸し出し、(カナダにおける)著作権と、収集された資料が所蔵品として登録され、管理運用されるまでの流れをカバーしていました。deaccessioningでは倫理的な側面についても丁寧な説明があったし、資料の貸し出しでは準備すべき書類もひとつひとつ教えてくれて、包括的でいながら肝心な部分はしっかり細かく踏み込んでくれたと感じました。
毎回講義のラストには、その回に学んだトピックに沿ったグループワークがありました。例えば複数のアーカイブ/美術館/博物館のコレクション・ポリシーを読んで違いを比べるとか、展示施設のセキュリティ上のリスク査定をするとか、コレクション管理にバーコードリーダーを導入する場合の予算編成をするとか、色々でした。私が一番楽しかったのは、これはグループではなく個人ワークでしたが、何枚かの写真を壁に並べ、各写真のsubject headingsを、各自でポストイットに書いて写真に貼っていくというものだったかな。subject headingsとは所蔵資料の主題を表現する、その資料をデータベースで検索する際の手がかりになる言葉で、アメリカ議会図書館のようにsubject headingsの一覧表を作成している機関もあります5 。推測される年代や地域、そして「自動車工場」「ピアノ」「労働者」「犬」「展覧会」と、写っている事象を簡潔に表す言葉を考えます。suject headingsは最大公約数でなくてはいけませんが、それでも、「確かにそのポイントに注目するのはアリだな」みたいな案が出てくるのが面白かったです。
この科目は写真と映像分野に焦点を当てるという名目ではあったのですが、全体的に写真に比重が置かれすぎていたかなとは感じました。

こちらも、課題は3種類。
①Mimsy Cataloging
TMUは、The Image Centreという写真の美術館を運営していて、そこでは多数の写真のコレクションを所蔵しています。最初の課題は、The Image Centre所蔵の写真25点を、Excelでカタロギングするというもの。The Image Centreに各自で足を運び、写真一点一点を確認して記録していきますが、資料番号や作家名、タイトルはあらかじめ資料として配布されていたので、実際に各自で確認して記入する項目は、縦横サイズ、写真の裏・表に押されたスタンプ、手書きのメモなどあらゆる情報の記録(inscription)、subject headingsにあたる、内容の簡潔な描写(description)など、あまり多くはありませんでした。ただ、inscriptionは写真によっては膨大な量があったし、指定の表記法に則って記入しなくてはいけないので、結構な時間がかかりました。
(ちなみに、課題名にあるMimsyというのはコレクション管理ツールの名前なのですが、この課題でMimsyを使うことはしませんでした)

②AtoM Arrangement and Description
AtoMというオープンソースのコレクション管理ツールを使って、Dee先生が私蔵する絵ハガキのコレクションをカタロギングするもの。作業自体は一つ目の課題と似ていますが。システムに登録するところまで行うという違いがありました。AtoMはかなりシンプルなので、他の課題にヒィヒィ言ってる隙間時間にクラスメイトとカフェで超短期集中型でやり終えました。コレクションは、1920〜80年代ごろに制作されたカナダのとある街の観光絵ハガキ群。街の建築を描いたり写したりした絵ハガキをずっと見ていたからでしょうか、隣のテーブルの男性に、急に「不動産の仕事をしているのか?」と聞かれてびっくりしました(笑)。
③Style Guide Group Semester Project
最後は、スタイルガイド作成の課題。自分で任意のコレクションを選び(情報がアクセス可能なものであれば何でも可)、そのコレクションの特性を考慮しながら、カタロギングした場合にデータベースの項目として必要とされる表記のリストを作成し、それについてプレゼンするというものでした。私はプレリンジャー・アーカイブス(Prelinger Archives)のホームムービーのコレクションを選びました。リック・プレリンジャーが創設した、アメリカのPR映画や教育映画、アマチュア映画など彼が「ephemeral films」(ephemeralは「儚い」「束の間の」などの意味を持つ)と呼ぶ映画から成るアーカイブで、ホームムービーの収集に力を入れてきたことでもよく知られています。Internet Archiveでアクセス可能になっている映像が多いのでぜひご覧になってみてください。
https://archive.org/details/prelinger


これは開閉が容易なラミネート。他にも紙のボックスを作ったりしました。
さて、はじめはすべての講義を紹介するつもりでいましたが、2科目だけで思いのほか長くなってしまったので、残りは次回にまわします。次回は特に課題が大変だった残りの2科目について、そして講義以外の留学生活についてももうちょっと触れられたらなと思います。それでは、また!

注:
- フィルムを巻き取る器具。様々な種類があるが、F+PPCMのリワインダーは手動式で、2つに分離できるリール(スプリット・リール、サンドイッチ・リールなどの言い方がある)に支えられたコア巻きのフィルムを取り付けることも、リールに巻かれたフィルムを取り付けることも可能なタイプのものだった。リワインダーに関する詳細はこちら。http://filmpres.org/preservation/tool/ ↩︎
- ホームムービーの保存に対する意識を高めることを目的としたイベント。第一回目の開催は2003年。参加者が持ち寄ったホームムービー(フィルム、ビデオなど、対応フォーマットは会場によって異なる)を、必要に応じて簡易な修復も行った上で上映し、保存についてのアドバイスももらえる。世界中で開催されている国際的なイベントで、現在は毎年10月の第3土曜日が「ホームムービーの日」に定められている。
「ホームムービーの日」に関する詳細はこちら。
Center for Home Movies: https://www.centerforhomemovies.org
Becker, Snowden, “See and Save: Balancing Access and Preservation for Ephemeral Moving Images,” Spectator 27 (2007): 21-28. https://cinema.usc.edu/archivedassets/096/15670.pdf ↩︎ - スプライサーについても、注1と同じく、詳しくはこちらへ。http://filmpres.org/preservation/tool/ ↩︎
- A-D stripsの詳細はこちらへ。https://filmcare.org/ad_strips ↩︎
- Library of Congress.“Library of Congress Subject Headings.” https://id.loc.gov/authorities/subjects.html ↩︎

吉田夏生(よしだ なつみ)
(トロント州立大学修士課程在籍)
プロフィール :
1988年生まれ。映画配給会社で宣伝担当として働いた後、2018年からは国立映画アーカイブで広報を務める。2023年9月よりToronto Metropolitan UniversityのF+PPCM(修士課程)に在籍。編著に『ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト 女性たちと映画をめぐるガイドブック』(フィルムアート社)。