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トロント通信 ―映画の保存を学んでいます―⑤
吉田夏生(2025年トロント州立大学修士課程修了)

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第5回:いざオランダへ! 3ヶ月間のインターンシップ

こんにちは!

トロント通信と題した連載ですが、今回の舞台はカナダから海を隔てたオランダです。

私がFilm and Photography Preservation and Collections Managementプログラム (以下F+PPCM)への留学を決めた大きな理由のひとつは、在学中に2回、専門機関で実務経験を積む機会があったからです。3ヶ月間のインターンシップ(1年次の春夏学期)、6ヶ月間の研修(2年次の冬〜春夏学期)が必須のカリキュラムだったのです。

研修では大学側が学生の代わりに組織との交渉や手続きを進めてくれるのですが、インターンシップは原則として学生が直接、希望するインターン先に連絡を取って承諾を得なくてはなりません。

私はオランダのNextArchiveという企業で2024年5〜7月にかけてインターンシップを行いました。

NextArchive(https://www.next-archive.com/)は、磁気テープのデジタルファイル化に関するサービスの提供を行う企業です。

クライアントからテープを受け取って社内でデジタルファイル化することも稀にあるものの、クライアントにビデオテープレコーダー(VTR)やモニター等の必要機材を送り、ワークフローを伝授し、技術者を派遣して先方のスタッフをトレーニングするといった「サービスプロバイダー」としての活動がメインです。

余談ですが、ここでは日本で一般的な呼称に従い、ビデオテープレコーダーを「VTR」と表記しています。
ただし、留学中はカナダでもオランダでもタイでも「VCR(video cassette recorder)」と呼ばれていたため、私自身もその呼び方を使っていました。

NextArchiveのことを知ったのは、磁気テープの保存を研究テーマとしてF+PPCMに願書を出そうと決め、関連する各国の活動を調べていたときだった気がします。オランダでは2007〜2014年にかけて、視聴覚資料をデジタル化する国家規模の大プロジェクト「Image for the Future」が行われていたこともその時に知りました。

そのためNextArchiveでインターンをしたい気持ちは留学前からあったので、インターン先を探し始めましょうという時期になったときには、速攻で連絡を取りました。

(ちなみに、磁気テープの保存自体に関心を持ったのは、国立映画アーカイブで広報を務めていた時に「マグネティック・テープ・アラート」を知ったことがきっかけです。詳しくはこちらをご覧ください。)

公式HPのフォームから問い合わせたのが2023年12月。代表のJean-Pierre Sens(通称JP)が一週間くらいしてから返事をくれて、年明けにビデオ通話をしました。JPは非常に気さくな人で、インターンの問い合わせが初めてだったこともありとても嬉しかったようで、割と軽い感じで「ぜひおいでよ!」と受け入れをOKしてくれました。そこから数ヶ月かけて細かな条件等を詰めていき、2024年5月にカナダからオランダへ旅立ちました。

アムステルダムの街並み。右端の建物は映画館。
『チャレンジャーズ』(ルカ・グァダニーノ、2024)を上映中のようですね

オランダに到着してから知ったのですが、NextArchiveは社員がJPのみの一人会社でした。それもあってか、非常に手厚く歓迎してくれて、到着日には空港まで迎えに来てくれたし、自転車を買うのも付き合ってくれたし、実は、住む場所まで手配してくれたんです。というか、JPのお母さんのパートナー・サムの所有するアパートメントに住まわせてもらったんです。隣人はJPママ、フレデリカで、家族ぐるみの付き合いをさせていただきました。アパートはアムステルフェーンという、アムステルダムからトラムで20分ほどの緑豊かな住宅エリアにあり、休日にはフレデリカとサムが気持ちのいいドライブに連れて行ってくれたこともあります。

JPママのフレデリカ(左)とパートナーのサム(右)。とっても素敵な二人です
ドライブに連れて行っていただいたアムステルフェーン郊外の写真

NextArchiveの事務所は、アムステルフェーンからバスで20分ほどのアールスメールという街にありました。風車が見えるのどかな地域で、インターン最終日にはJPが近くにある海辺沿いのカフェレストランに連れて行ってくれましたが、ギヨーム・ブラックの映画に出てきそうなかわいらしいバカンスの空気が流れていて、心が洗われました。

海沿いのカフェに向かう途中の風景

デジタルファイル化のサービスを提供するためには、何よりまず、必要機材を所有していなくてはいけません。そのためJPはアールスメールにある業務用倉庫の一角をレンタルしていて、オフィスは倉庫に併設された一部屋にありました。

「ありました」と過去形なのは、私のインターン後にNextArchiveは倉庫ごと移転したからです。ただ、ここでは当時のことを紹介していきますね。

倉庫では、JPが20年以上かけてこつこつと集めた10,000点以上が管理されており、オープンリールからMiniDVまであらゆる磁気テープフォーマットに対応できる機材が揃っています。私のインターンシップ中も、JPは時間があればeBayなどをチェックして常に機材や部品を探していました。ちょうどそのころ、日本人の個人コレクター(?)ともコネができたようで、一度、オンラインミーティングをして私が通訳を務めたこともありました。

多種多様の機材が格納されているNextArchiveの倉庫
同じモデルのVTRを積んだ台を収納のためパッキングするJP。
頻繁に貸し出されるモデルは何台も集めるのです

家のガレージで映写機を自作するような、好奇心にあふれ機械いじりを愛する少年時代を過ごしたJPは、8mmフィルムの現像やデジタル化を行う会社を運営したり、視聴覚資料のデジタル化企業で働いたりと、映像に関わる様々なビジネスに長年携わり、そうして2020年にNextArchiveを立ち上げました。

NextArchiveのインターン第1号となった私に、JPは「試してみたいことは何でもやってみよう」という優しいサポート体制を敷いてくれました。私はビデオテープのデジタルファイル化に関する実践的な知識と技術を身につけることがインターンの目標だったので、まずやりたかったのは、いろんな規格のビデオテープに触れながら、実際にデジタルファイル化作業をすることでした。

倉庫の一角にある、NextArchiveのオフィス

ちょうどそのころ、NextArchiveはTG4というアイルランドの公共放送局から、約200本のデジタルベータカムのデジタルファイル化業務を請け負っていました(先に説明した通り、社内でデジタルファイル化を行うのはややイレギュラーな業務でしたが)。JPは私にこの業務を任せてくれて、4つのVTRを同時稼働し、子供向けクイズ番組と音楽番組を中心とするコレクションを粛々とデジタルファイル化していきました。

さらにJPは、せっかくならただデジタルファイル化するだけじゃなくて……と、社で所有するテストテープを使った面白い提案をしてくれました。それは、異なる機器や出力方法を用いると映像の品質にどんな違いが生じるかを確かめる実験です。

  • 2種のVTR、ソニーのDVW-A510P(放送局が使うようなモデル)と J-30 SDI(もう少し簡易なモデル)を使うパターン
  • VTRからコンポジット(映像を、輝度信号[Y]と色差信号[Pb/Pr]を合成[コンポジット]した単一のアナログ映像信号として伝送する接続規格)で出力し、異なる2種のADコンバーター(アナログ信号をデジタル信号に変換する機器)を使うパターン
  • VTRからの出力をコンポジット、コンポーネント(映像を輝度信号と色差信号の3つのアナログ映像信号に分解し、別々のケーブルで伝送する接続規格)、SDI(映像信号をデジタル方式で伝送する接続規格)で行う3パターン

ソニーの業務用テストテープ(デジタルベータカム)を使用して、上記のパターンを試しました。出力された映像は、波形モニターを使って数値化された情報もチェックします。例えば、異なるADコンバーターでデジタルファイル化した映像は、目視では同じに見えてましたが、ベクトルスコープ(映像の色信号の振幅[彩度]と位相[色相]を表示)、ウェーブフォーム(色信号の波形の強さを表示)やヒストグラム(画面内の輝度値や色成分の分布を表示)を見ると、片方は輝度が高く、色度も鮮やかに出力されていることがわかる、といったこともありました。

ただ、デジタルベータカムはデジタル方式でビデオ信号を記録しているので、そもそもADコンバーターを用いなくてもデジタルファイル化は可能です。あくまで「実験」だったので、あえてデジタルビデオをアナログ形式(コンポジット)で出力し、デジタルに変換するということをやってみたのです。実のところ、VTRからコンポジット出力をした場合は、いずれのADコンバーターを使った場合も、波形モニターを使うまでもない問題が起きました。映像に明らかなモアレが発生したのです。VTRからの出力がコンポーネント(+ADコンバーター)かSDIのときにはモアレは起きませんでした。こうした技術に詳しい人にとっては試すまでもないことかもしれませんが、自分で手を動かしながら学べたのは私にとってとても有意義な経験でした。 さらに、デジタルファイル化で問題が生じた際に「原因を特定する」ことの難しさもこの作業を通じて感じました。機材とパソコンの接続を変えると映像が出力できなくなるといった事態もよくあって、そういうとき、単に設定が間違っているのか、それともVTRの不具合なのか、はたまたケーブルなのか……と、原因が何なのかを探るのが非常に大変でした。なるべく思考が混乱しないよう接続を図に書き起こして(笑)、どうしても原因がわからないときはJPの助けも借りながら、作業を進めました。

配線を書き起こした紙

そういえば、NextArchiveが所有するテストテープのインベントリ作成も行いました。NextArchiveは、ファイルメーカーで構築した自社の目録に、所有する機材や部品を登録しています。ただ、テストテープはそれを収めたボックス単位でしか登録がされておらず、どんなテストテープがあるかを確認するデータが存在していませんでした。モニターやVTR等のキャリブレーションに用いる、何種類ものカラーバーの映像などから成る業務用のテストテープだけでなく、NextArchiveでは機材の動作確認のために使用する、消耗品としてのテストテープも必要です。大量のテストテープを再生機にかけ、NTSCかPAL、SECAMかといった情報や色・音声の有無、音声のチャンネル数、テープの具体的な状態などを確認し、エクセルで簡易なインベントリにまとめました。この作業を通じて、VHS、U-matic、ベータカム、デジタルベータカム……などなど様々なフォーマットの特徴を知ることができました。

予定を管理するTo Doボード

さて。こうした業務と並行して、JPは他にも色々な機会を与えてくれました。

例えば、NextArchiveはJP一人の会社ではあるものの、プロジェクトの際によく協力を依頼する「チームメンバー」がいます。

JP曰く、ヨーロッパでは磁気テープのデジタルファイル化は既にだいぶ進んでしまったので、ヨーロッパ以外の地域へとネットワークを拡大しようとしています。特に、中東での活動に力を入れ始めていて、私がインターンをしたときは、サウジアラビアの国立図書館の大規模なデジタル化プロジェクトの準備をしていました。チームは音声技術のスペシャリスト、ビデオのスペシャリスト等から構成されるのですが、一度、そのチームで行うミーティングに参加させてもらったりしました。

あるときには、VTRの修繕を依頼するために、ヒルフェルスムという街にある業者を訪れたりもしました。簡単なメンテナンスはJPが自分で行いますが、JPも技術の専門家ではないので、機材に不具合が生じた際には、馴染みの専門家に頼んでいるのです。

技術者の方が、機材を解体し、不具合の原因を説明しています

ちなみに、ヒルフェルスムにはオランダ視聴覚研究所(Netherlands Institute for Sound and Vision)という視聴覚アーカイブがあります。ひとつの建物に収蔵庫やオフィスやラボ、そして公開施設(展示)が入っています。独創性あふれる建築には圧倒されました。私は職員の方に非公開施設を案内していただいたのですが、逆に展示をちゃんと見る時間が取れず、そこだけちょっと後悔しています。おしゃれなゲームセンターみたいなワクワクするつくりで、子供から大人まで楽しめそうな展示でした!

オランダ視聴覚研究所の外観
収蔵庫は建物の地下にあり、確か地下5〜6階までありました。オレンジの壁がインパクト大!
オランダ視聴覚研究所の展示エリア

またあるときには、JPとアムステルダム市立美術館に赴いて、AV機材の点検作業を行ったりもしました。NextArchiveからモニターやVTR、テストテープなど一式を持っていき、美術館が所有する機材が正常に作動するかを確かめるという作業です。ベータカムやU-maticに加え、レーザーディスクプレイヤーの動作確認も行いましたが、このときレーザーディスクを人生で初めて再生したので結構テンションが上がりました。

点検作業時の一コマ。市立美術館には、JPと、彼のチームメンバーでもあるJeroenと伺いました

瞬く間に時は過ぎていきましたが、NextArchiveでの3ヶ月は幸福な時間でした。ビデオテープのデジタルファイル化の基礎的な知識を身につけるという本来の目標をある程度達成できたことももちろんですが、JPというパッションの塊のような面白い人と密に働けたことが最大の収穫でした。JPが色んな国の人たちとzoomミーティングや電話をしているのを横で聞けるのも楽しかったです。何より、とにかく私たちはたくさん話をしました。ビジネスとして映像の保存に携わるJPは、公的な映像アーカイブとは様々な部分で異なる考え方を持っていて、議論は尽きませんでした。元々技術畑の人だからかもしれませんが、JPはAI技術に強い関心を持っていました。大学に提出するために書いたインターンのレポートをJPに共有したら、それをAIに読み込ませて、私のインターン経験について男女がトークするラジオ番組を生成して送ってきてくれましたし(笑)。私は彼の考えに全て賛同するわけではないですが、インターン生としてただ作業に徹するだけではなく、JPの考え方やNextArchiveの「核」となる部分に直に触れられたことで、本当に多くを吸収できたなと感じています。

JPと筆者。インターンの最終日に撮影

JPのもとで働き、家ではJPママやパートナーのサムに親切にしていただき、JPの息子たちにも会い、最初から最後までJP一家によくしていただいたオランダ生活でしたが、そのほかにも嬉しい出会いがいくつもありました。実はアムステルダム大学にはF+PPCMと似たPreservation and Presentation of the Moving Imageという修士課程プログラムがあります。幸運な偶然が重なり、そこで学ぶ3人の学生と友達になれたことも、大きな財産になりました。香港、韓国、台湾と、みんな東アジア圏からの留学生で、そのうち二人は年齢が私と近かったり、フィルムアーカイブや映画配給会社で働いていた過去があって経歴まで少し似ていたりしたので、留学生活の苦労や不安も共有することができ、大変心強かったです。

4人で『マッドマックス:フュリオサ』
(ジョージ・ミラー、2024)を観たあとのディナー

また、オランダの国立フィルムアーカイブでもあるEye Filmmuseumにも何回か行くチャンスがありました! 観光名所とならざるを得ないロケーションにあるEye。建築もオランダ視聴覚研究所に負けないスタイリッシュさで、いつ行っても観光客でにぎわっていました。

外観を見るだけでも訪れてみたくなるEye Filmmuseum
Eye Filmmuseum常設展の一角

もちろん、映画好きもとことん楽しめる場所で、特にカタルーニャ出身の映画監督アルベルト・セラの企画展は、私が今まで人生で見た展示で多分最も素晴らしいものでした。

セラの長編監督作『リベルテ』(Liberté、2019)の世界を現実空間にまで拡大するような展示で、『リベルテ』を映す複数のスクリーンが方々に設置されただだっぴろい空間は、そこ自体が、冷たい土が床を覆い、木々の不穏なざわめきやフクロウの鳴き声が聞こえ、馬車が打ち捨てられている —— そう、『リベルテ』の舞台である18世紀末フランス、貴族たちが堅苦しい宮廷を抜け出して享楽に耽る真夜中の深い森と化していたのです。中に足を踏み入れ、土の柔らかさを感じたときの感動は忘れられません。「空間を活用する」とはこういうことか…と震えましたね。

アルベルト・セラは展示だけでなく特集上映もやっていました

あと、Eye Filmmuseumは年に一度国際会議(Eye International Conference)を開催していて、各国から集まったプレゼンターが、映画研究や映画・映像のアーカイブに関する発表を行います。2024年のテーマは「Presenting Audiovisual Collections: Experiments and Explorations」で、私は1日だけ参加できたのですが、ジョルジュ・メリエスがパリ郊外モントルイユに作った映画スタジオを、3Dモデルで再現するというアメリカの学生の発表が印象に残っています。

3ヶ月の間、オランダのイノベーティブなスピリットは随所で感じましたが(シェアバイクならぬカーシェアリングを初めて利用したりもしました)、それは映像アーカイブの分野でも同じでした。NextArchiveでインターンをして、オランダ視聴覚研究所やEye Filmmuseumを訪れ、先進的な環境を目にすることができたのはとっても貴重な経験になりました!

毎日食べ続けたヨーグルト(ギリシャヨーグルトだけど)とあんずジャム

最後に余談。オランダは料理がまずいとよく言われますが、さすが酪農大国、ヨーグルトやチーズのおいしさとお安さは確かなものです。一切モッツァレラをケチることなく、しょっちゅうカプレーゼを作りました。そしてほぼ毎日、ヨーグルトにあんずジャムを混ぜて食べていました。どうでもいい報告で最後を締めることになり恐縮ですが、今でも恋しくなる思い出の味で、私にとっては大切なオランダ生活の一部でしたので……!

次回は、カナダに帰り、学年が1つ上がって始まった2年次の秋学期を取り上げます。お楽しみに!

吉田夏生(よしだ なつみ)
(2025年トロント州立大学修士課程修了)

プロフィール :
1988年生まれ。映画配給会社で宣伝担当として働いた後、2018年からは国立映画アーカイブで広報を務める。2023年9月よりToronto Metropolitan UniversityのF+PPCM(修士課程)に在籍。編著に『ウィメンズ・ムービー・ブレックファスト 女性たちと映画をめぐるガイドブック』(フィルムアート社)。

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