レポート| KUAC収蔵庫見学 及びアート・アーカイヴ資料展XXVIII:
「幽暗Shadow World—朦朧と立ち上がる土方巽の振付世界」
井出竜郎[NPO法人アート&ソサイエティ研究センター]
2026年2月14日、慶應義塾大学アート・センター(KUAC)で開催されたイベント「KUACの収蔵庫見学及びアート・アーカイヴ資料展XXVIII:『幽暗Shadow World—朦朧と立ち上がる土方巽の振付世界』」に参加した。当日の参加者は10名で、KUACのエントランスに集合したのち開催中の展示鑑賞と収蔵庫の見学をした。
慶應義塾大学アート・センター
慶應義塾大学アート・センターは、1993年に開設された大学附属の研究センターである。その設立当初より、現代芸術・文化に関する「アート・アーカイヴ」の構築に関心を寄せており、土方巽資料の受け入れをきっかけとして1998年から資料の受け入れを開始している。KUACでは、特に舞踏(パフォーマンス)のような時間の経過とともに移ろい消えてしまう芸術活動を対象とし、一次資料の収集・整理・保存・管理・調査・公開に加え、研究者のネットワークのハブとして機能することを目指している。また、アーカイブに関わる取り組み自体を「アーカイヴ研究」として研究対象としており、資料展の企画もその一環と見ることができるだろう。
今回の収蔵庫見学では、KUACにおけるアート・アーカイブの原点とも言える「土方巽アーカイヴ」を閲覧することができた。そのほかにも、瀧口修造コレクション、油井正一コレクション、西脇順三郎コレクション、ノグチ・ルーム・コレクション、慶應義塾の建築コレクション、草月アートセンター・コレクションなど多様な資料群が収蔵されている。映像アーカイブに関しては、本展にも記録映像を展示しているVICコレクションや、ビデオアートなど先駆的な作品を制作してきた映像作家の中嶋興コレクションが特筆される。
アート・アーカイヴ資料展XXVIII

当日は、2026年1月19日から3月14日まで開催されたアート・アーカイヴ資料展XXVIII「幽暗 Shadow World—朦朧と立ち上がる土方巽の振付世界」の鑑賞から始まった。展示会場では、本展を企画した石本華江さんに詳しく解説いただいた。また映像の技術サポートで協力された新明就太さんのお話を伺うこともできた。
土方巽は、1960年代に新しい踊りの領域を切り拓いた「暗黒舞踏」をつくりあげ、大野一雄らとともに舞踏の創始者として国際的に知られている。本展示では、土方が弟子たちに振り付けを行っていた1970年代以降に着目し、土方の弟子であった小林嵯峨、仁村桃子、和栗由紀夫、山本萌、正朔の資料や映像記録を中心に構成されている。そして、その振り付けのために使われたのが「舞踏譜」であり、土方が弟子とともに創り上げた、舞踏の概念や技法を伝える貴重な資料である。
舞踏譜は、音楽の楽譜やダンスの足型図といったものとは異なり、具体的な身体の動きや時間的推移を示すものではない。その紙面には、動きのイメージとして絵画作品のコラージュや、詩のような言葉が並んでいるだけである。

展示では「幽霊」というイメージに結びついた特定の動きに注目して資料や映像がキュレーションされている。KUACのアーカイブ活動によって舞踏譜の記述は文字起こしされており、データベースで文字列検索ができるようになっているそうだ。実際に所蔵されている数千点にもなる舞踏譜から「幽霊」というキーワードで検索すると、333点もの資料がヒットし、このことからも土方の関心を示していることが伺える。その中から選ばれた20点が展示され、「階段を上がる幽霊」「子どもを抱いた幽霊」「ガサッとした幽霊」といった表現を読み解くことができる。展示キャプションでは、土方最後の弟子であった正朔の「舞踏において、幽霊と解体は、重要なファクターである」という言葉が紹介されており、幽霊の動きを通じて、舞踏の思想を垣間見ることができた。 舞踏譜には、素描やコラージュといったイメージや矢印などの線が、人間の複雑な心理や感情を表す言葉とともに書き込まれており、視覚的に読み解くドローイング作品という印象を抱いた。ただ、舞踏について明るくない筆者にとってその解読は難しい。また多くの人にとっても、舞踏譜を見ただけで実際に自分の身体を動かして再現できるとは考えにくいのが正直な感想だ。
動きのアーカイヴ
舞踏譜を解読することに加えて、土方から直接学んだ弟子たちの「身体記憶」がその継承には重要になっている。しかし、土方は1986年にこの世を去っており、弟子である舞踏家たちも高齢化し、その身体記憶が失われつつあることが課題となっている。そのために弟子たちに残された身体記憶を詳細に記録する研究「動きのアーカイヴ」がKUACで取り組まれている。2003年から2007年にかけて土方の弟子たちによる踊りが映像で記録され、2025年からは新たなプロジェクトが再始動している。展示の中から映像記録に着目していくつか紹介したい。
まず、舞踏公演の映像記録として1977年の《小林嵯峨舞踏公演》〈にがい光〉と、1978年の《仁村桃子舞踏公演・アスベスト館松代分室設置記念》〈最初の花〉がプロジェクターで投影されている。この映像は、1972年からビデオを用いて多様なイベントの記録を行った団体「VIC(Video Information Center)」が記録した貴重な記録であり、VICは多数の舞踏公演の録画を残していた。公演の映像記録は当時の表現を伝える重要な痕跡であり、その独特の世界観によって展示空間に夢幻的な雰囲気をつくりあげていた。
展示の一角では、「動きのアーカイヴ」による成果の一つとして、2005年に記録された和栗由紀夫の実演による映像「浮世絵の幽霊」がモニターで上映されている。背景にブルーバックを置いたスタジオで撮影された映像は、演者である和栗の動きにフォーカスされ、一つ一つの動作に対応する舞踏譜の言葉がキャプションで示される。その隣のモニターでは、2025年に新たに記録された映像として、正朔の実演による「幽霊」が上映されている。こちらの映像は黒い背景の前で舞う様子が高解像度で撮影されており、手先の細かい動作や表情までもはっきりと見ることができる。舞踏の動作は非常にゆっくりとしたものであるが、動作の切り替えは数十秒ごとに行われて、その動作から想像できないくらい細かく変化する流れに驚かされる。

この2つの映像記録は、正面やや上の位置から撮影されており、この視点から舞台から見つめる感覚を想起させられる。パフォーマンスは演者と鑑賞者の「見る/見られる」の関係で成り立っており、舞踏を記録する手法としては、自然に受け入れることができる。しかし、舞踏家たちの身体記憶を継承するためには、前からの映像だと分からないこともある、と石本さんは話されていた。
そして、その身体記憶を記録するために新たな取り組みの一つとして展示されているのが、小林嵯峨の実演による「老婆から幽霊」の映像記録である。この映像は、実在の「人物等の情報」と「動きの情報」を同時に取得することで、「動きのある」3D映像データを生成する「ニコン可搬型ボリュメトリックビデオシステム」によって撮影された。演者である小林を、4K解像度の16個のカメラで360度を取り囲み3Dデータとともに記録する技術である。デジタル技術によっていかに記録・継承されうるかを実証的に検討する研究として、石本さんと新明さんが中心となって取り組んでいる。この映像は、360度の視点で立体的に見えるように、円形に配置したモニターに展示されている。この展示方法は本展のためのオリジナルであり、「3Dを2Dにして3Dっぽく見せる」というコンセプトからつくりあげられた。円形のモニターの周りを歩きながら演者である小林の姿をそれぞれのアングルから見つめることで、舞台の存在が消えてパフォーマンスにおける「見る/見られる」の関係が入り交じるような鑑賞体験を得られた。
展示では紹介されていなかったが、映像は実はアングルを変えることができ、上から見下ろしたり見上げたりする映像も見せることが可能であるそうだ。ただ、この技術によって「動きのアーカイヴ」で目指す身体記憶の継承を実現できる段階には至ってはいない。石本さんは、顔の表情や指先の動きも舞踏では重要なので、そこまで再現できることを望んでいたが、現在の技術で表現できるクオリティで細かい描写まではできていないことを指摘されていた。また、映像処理上、影が透けて浮いているように見えるのは、ある意味で幽霊のようにも見えて展示のコンセプトにも通じる不気味さがある、と語っていたのが印象的であった。
舞踏譜の記録をいかに映像によって残すか、演者による動きの意識をどうやって残すのか、そしてどういう映像を記録すれば舞踏のメソッドを残せるのか。技術の限界はあるが、舞踏の表現の継承を追求する重要な研究であることに深く感銘を受けた。
参加者によるディスカッション
展示鑑賞に続いてKUACの2階に移動し、収蔵庫見学が行われた。まずは見学に先立って、石本さんからガイダンスとしてKUACの活動や、これから閲覧する「土方巽アーカイヴ」についてレクチャーいただいた。
石本さんのレクチャーの中では、KUACでは「ジェネティック・アーカイヴ」という概念をもとに、成長するアーカイブ、また動きのあるアーカイブという観点で研究活動が行われていることを紹介された。舞踏という時間の中で移ろう表現に向き合うアーカイブとして、「創造のプロセスにフォーカスした活動」であると語り、またここが「土方巽に出会う場」となって欲しいという石本さんの思いを伺うことができた。実際に、舞踏の実演者や研究者が世界中から訪問しており、ある意味ではここが「舞踏情報センター」のようなハブになっている側面もあるそうだ。その後の質疑応答では、参加者から資料の受け入れ方法(寄贈/寄託/預託の違いなど)についてや、アーカイブ活動に関わる予算獲得といった組織の持続性に関する質問が続いた。参加者がそれぞれ関わる機関においても、アーカイブ活動を継続することは常に課題であり、各自が実践する工夫やアイディアが共有された有意義な時間となった。
収蔵庫見学と「土方巽アーカイヴ」

見学会のクライマックスとして、最後に収蔵庫見学が行われた。前室で靴を履き替えて収蔵庫に入り、石本さんにご用意いただいた「土方巽アーカイヴ」の資料原本を閲覧した。例えば、1968年に日本青年館で実演された土方の代表的な舞台公演《土方巽舞踏公演》〈土方巽と日本人—肉体の叛乱〉で着用していた赤ドレスが収蔵されていて、ニトリルグローブを着用の上でドレスを手に取る体験もできた。モノクロで記録された公演の映像や写真では伝わらないドレスの鮮やかな赤色や質感を見るだけではなく、その重みを実感できたのは「創造のプロセス」を重視するKUACならではの取り組みである。

参加者の声が一段と高まったのは、1968年の「肉体の叛乱」を映像で記録した中村宏の8mmフィルム原本と、その時に使用したカメラを石本さんから紹介された時である。参加者一同から即座にカメラの機種名やレギュラー(ダブル)8㎜といわれる仕様についてなどの知見が共有され、JAMIAらしい場面であった。そのほかにも、1965年に行われた公演の際に加納光於が制作した〈砂糖菓子のオブジェ:なめられるプログラム〉といった貴重な資料を紹介いただき、時間が足りないくらい贅沢な時間を参加者で共有することができた。

石本さんは、活用されることで資料が生きるという観点からも積極的に公開することに取り組んでいると話されていた。「土方巽アーカイヴ」の目録はウェブサイトで公開されており、どのような資料が所蔵されているかは検索することが可能だ。

懇親会での交流
濃密な内容となった見学会は時間を少しオーバーするほど盛り上がり、懇親会の会場に移動した後も楽しい時間は続いた。舞踏の奥深さに触れる展示、そして収蔵庫見学で触れた資料原本に閉じ込められた空気に当てられたのか、上機嫌に話が盛り上がる懇親会となった。
アーカイブは、資料を収集しそれを保存する場であるとともに、資料を必要とする人に提供する役割を担う。そしてアーカイブを支えるためにはアーキビストの存在が欠かせない。石本さんは、自らが舞踏の実演者であるとともに、「土方巽アーカイヴ」の管理を担当するアーキビストでもある。コンテクストを理解できるアーキビストによってアーカイブ資料が支えられるのは幸せな関係性であり、石本さんがここで取り組まれている実践は、まさにその関係性が現れたものであると感じられた。今回の見学会に参加して、その姿を垣間見ることができたのはとても嬉しい時間であった。さまざまな実践の現場に足を運ぶことは、学びになるだけでなくそこから得られる刺激は自分の活動の励みにもなる。今後もこのような機会があれば参加したい。

